[永続企業へのヒント:この一冊』 ~朝日新聞編『日本の百年企業』朝日新聞出版2011年~
[永続企業へのヒント:この一冊』
~朝日新聞編『日本の百年企業』朝日新聞出版2011年~
「日本には、創業から100年を超える企業が2万社あるといわれているのをご存知でしたか?」で始まる本書は、「まさに『百年に1度の危機』といわれる時代だからこそ、地域に根付き、地元に愛され続けてきた老舗から学ぶものは多いのではないか―。朝日新聞社が『百年企業』をキーワードに、各地の長寿企業への取材を始めた背景には、そんな問題意識がありました。」
「取材は『老舗の長寿の秘訣はどこにあるのか。』を共通テーマに、社訓や家訓、社是をひもとき、経営者に会い、歴史や息づかいをたどる作業となりました。そこには、優れた技術を生み出したエピソードがあり、独特のノウハウを培った社風があり、倒産の危機を乗り越えた人間のドラマがありました。」
「もちろん、単に長い歴史が未来を保証するわけではありません。リーマン・ブラザーズも前身時代を含めると160年近い歴史を誇っていました。しかし、それゆえに、多くの難問を解決してきた老舗企業の歩みには、明日のビジネスを考えるヒントが詰まっていると思います。」
☞今、老舗企業から何を学ぶべきか
・本書に収録された百年企業は、少なくとも昭和恐慌、第2次世界大戦、ニクソン・ショック、2度にわたる石油危機、バブル経済の崩壊、そして今回の世界金融危機を含む激動の近・現代を生き抜いた企業である。その強靭な生命力の源泉には何があるのか。それぞれの老舗企業に幾つかの共通点(三つ)を見出すことができる。
・一つには、絶えず時代の流れを見据え、変革を恐れないこと。
・例えば、1895年創業の愛媛県松山市の水口酒造の社訓は「暖簾を守るな、暖簾を破れ」。1930年に製氷業を、1996年にはビール製造を始めた。消費者の「日本酒離れ」を補完する事業の柱を育てようという挑戦だ。
・福島県郡山市で味噌などを造る宝来屋本店の社員がもつ手帳には「老舗とは、変化し得るものだけが生き残れる」とある。
・石川県金沢市にある麩専門店の加賀屋麩不室屋は150年近く続く。長く料亭や市場への卸売りが中心だったが、40年ほど前に家業を継いだ先代が観光客向けの麩を開発、麩料理の専門店も開設して業績を伸ばした。先代の「伝統とは革新の連続」という言葉は今も新鮮だ。
・二つ目は、創意工夫によって新たな顧客開拓に余念がないという点だ。新たな試みは、本業との関連が深く、既存の経営資源を有効に活用するという手堅い手法だ。
・熊本県山鹿市の栗川商店は1889年から続く、柿渋を塗った和紙を使う「来民渋うちわ」の老舗だ。扇風機、クーラー、安価なプラスチック製うちわに市場を奪われた。そこで、贈答用うちわとして新たな市場を開拓、海外にも販路を広げようとしている。
・新潟県燕市にある200年近く続く銅器製造の玉川堂は、法人向け営業から百貨店などでの対面販売にシフトした。結果、流通コストを抑えることにも成功した。
・三つ目は、顧客との厚い信頼関係だ。
・長野市の八幡屋礒五郎は江戸中期から七味唐辛子を販売する。当主が父から伝えられたのは「お客さんが袋の大きさで迷っていたら、小さい袋を勧めなさい」という教え。目先の利益でなく、顧客との長い信頼関係を築け、という経営哲学だ。
・京都に110年余年続く計量機器のイシダも「重さの異なるピーマンを自動的にせんべつして一定の重さに袋詰めする機械を開発してほしい」という顧客からの難しい注文から、ヒット商品を生み出している。
☞事業継承の難しさ
・規模の大小を問わず、企業の使命は発展的な事業の継続だ。さらに、老舗は貴重な技術、歴史の伝承者でもあり、地域の雇用を支える社会的な存在でもある。過去、さまざまな苦境を克服してきた老舗企業のうち、どれほどの企業が、今の苦境を乗り越え、新たな歴史を刻むことができるのか。
・それには、事業継承の重要性を改めて思い知らされる。経営学者のジェームズ・C・コリンズ氏の『ビジョナリー・カンパニー3 衰退の五段階』で、「一人の指導者が独力で永続する偉大な企業を築くことはできないが、間違った指導者が権力を握った場合、ほぼ一人の力で会社を没落させることができる」と指摘している。
・本書に登場する多くの経営者が、「変革の必要性」を唱える。ただ、変革は「拡大」ではない。企業の盛衰を見ると、規律なき拡大から衰退を招いた事例は少なくない。コリンズ氏も衰退の第2段階に「規律なき拡大路線」を上げる。
・変革もさまざま。いかに時代を見据えた企業に変革できるか。それを成し遂げ、初めて老舗と呼ばれる息の長い商いが可能になる。
[以上、朝日新聞編集委員 多賀谷克彦氏による](本書には、横浜から「大川印刷」「横浜石油」が取上げられている。)